「昭和」というコンセプト

N ところで、なぜ昭和をコンセプトにしたんですか?

A 最初から、みんなでぶわーって盆踊りをやっている姿がイメージにあって、その姿をどうしても創りたかった。いろんな世代の人がとにかく集まってくれたらよかったんで、そう考えると昭和かなと。厳密にいうと、あんまり昭和感出せてなかったんですけどね(笑)曲とちょうちんぐらい(笑)

F ホントは昭和レトロのブリキのおもちゃとか、ヴィンテージカーとか並べたかったんですけどね、ヴィンテージ好きとしては(笑)そもそも、今10代後半ぐらいから昭和歌謡曲ってかなり流行っていますし、昭和生まれの人は当然知ってるし、平成生まれの僕たちも世代的に大体分かるし。で、結局、全世代が分かるのって昭和だよねって。

A そうそう、3世代で来てほしかったしね!

N いやー、だとしたら狙い通りでしたね!!昭和生まれの僕なんか、曲がかかるたびにニヤニヤしてましたよ(笑)「うーわ、懐かし!『め組みのひと』やん!」って。欲を言えば、選曲させてほしかったぐらい(笑)で、老若男女はもちろん、外国の方もたくさん、しかも浴衣まで着て(笑)、ホント凄かった。
そういえば、小倉北区に住んでいる上司が、行きつけのバーのマスターから、「あの日、浴衣を着たお客さんがたくさん来た」って言ってたらしいです。

F 嬉しい伝わり方!(笑)

N その曲に乗せた、パフォーマンスも良かったですね。櫓の上からずっと声かけて、踊りをリードして・・・

F ホントさおり先生に頼んでよかったんですよ!いろいろな人が繋がって繋がって先生に行きついたんですけど、KITAKYUSHU DANCE協会の会長をされている方で。そこの副会長さんは、北九州市立高校のダンス部の顧問もされていて、27時間テレビで全国に出ましたよね。そういう協会にいらっしゃるさおり先生が力を貸してくれました。

N そんな方が、やぐらの上で9日間も踊り明かして?よく引き受けてくれましたね!

A 会いに行ってお願いします!!ってわーっとしゃべったら「じゃあ協力します」って言ってくれて。振り付けも選曲も一緒にやって頂いて。もう絶対的な信頼感(笑)あの方じゃないとこの結果は絶対出なかった。

F 僕ら、商店街にもお金を落としたかったんです。魚町商店街の理事長さんたちもすごく協力してくれたんですよ。

A 僕たち、「わっしょい」に匹敵するぐらいのお酒の売り上げに貢献できたんですよ!けどそれは逆に、魚町商店街の居酒屋さんの売上が(昭和夏祭り会場に)行ったのかもしれない。だから来年は魚町のお店も潤うシステムにしたいです。

神髄を見た・・・気がした副編集長“ギバーマインド”?

N ちょ、お二人から出てくるそのマインド、それですよ。「誰かに電話しまくる」とか「人のつながりで先生と出会った」とか「商店街も潤ってほしい」とか、キレイゴトじゃなくて本気でそう思っているから心を打たれた人が、お二人の周りにはたくさんいたんじゃないでしょうか?だって、電話しまくるって言っても、普段から信頼関係がないと話聞いてくれないでしょ?

A まあ、それは、そうかもです。

N 普段の人との関わり方が、いざという時に出ると思うんです。だからいざという時に手を貸してくれるんでしょうね。

A 祭りの最後の最終日、スタッフみんなでやぐらの上で写真を撮ったんですけど・・・本気で「子ども達の笑顔を創りたい!!」っていう想いの人たちだけが、本当に純粋に集まってくれた、と僕は思っています。

N みなさんの笑顔、いいですよね(ちくしょう、目がウルウルしてきた)。

F 僕たちも、彼ら彼女らのためにやろうってなりましたよ、これだけ9日間も頑張ってくれて。

N ホントお二人はギバーですよね。

F 新井は完全にギバーですね。もう私心が一切ないんですよ(笑)

運営は繋がりの深い友人たちが支えてくれた