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 お気に入りのフレンチの店で食べた、豚のステーキの優しい香りと甘みにため息が出た。肉を焼くのはこんなにも奥が深いのかと舌鼓を打ちつつ、毎度のごとくワインを少々飲み過ぎる。たくさんのお肉料理を作るシェフが、今日の豚は熊本のやまあい村で育つ「走る豚」だと教えてくれた。養豚場というと、狭いゲージの中を豚がひしめき合っているくらいの発想しかない私には、広い野原を走り回る豚の姿は映画「ベイブ」ぐらい、非現実的な空想しかできていなかった。
 
 福岡から高速に乗って約2時間弱、シェフの仕事について行った。新緑の美しい景色も、窓から車内にはいるの風も心地よい。可愛らしい石橋や、織姫の水なる小川を通り過ぎると、間もなくやまあい村に到着する。
 
 くるみの大木の下をポニーが戯れる入り口で、やまあい村の武藤さんが出迎えてくれた。忙しい時間をぬって特別に養豚場を案内してくれるという。
 
 小高い丘を登り敷地を歩くこと10分弱、10アール(1反)もの広場を駆け回る豚およそ15頭。通常の近代養豚の70倍もの面積だそう。なんと最速30kmもの速さで走る豚。想像していたよりかなり機敏に動き、想像していた通りちょっと臭いもする。そして本当にブヒブヒと鼻息荒く食べ物を探している姿はなんとも可愛らしかった。豚は約4ヶ月で90kg近くにもなるそう。多くの豚がこの頃出荷されるのだが、走る豚は自由に食事をするのでもう少しだけ育てるそうだ。「なるべく、ストレスなく育てたい」そんな武藤さんの姿が、とてもかっこよかった。


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 連れて行ってくれたシェフが、養豚家の方と肉の匂いや旨味の部位の話をしている様子を聞きながら豚を眺めていると、なんとも不思議な気持ちになった。可哀想とか残酷だとかそんな感想がいかに浅はかか感じた。動物も食材も大切に扱う人たちの崇高な何かは、とても計り知れないものだった。
 
 野菜も肉も魚も、命をいただくことは全て、育てる人と料理する人そして食べる人がそれぞれに食材と丁寧に向き合うことが大切とつくづく思った。
 

【田舎へ行く】

 
私は街中で育った。今まで一度も、田圃や畑に囲まれた田舎町に住んだことがない。
田舎に行って、そこで暮らし、生産物を作ったり加工品を作って生活をしている方の話を見聞きすると、いつも心からの好奇心と尊敬の念を感じる。壮大な規模の仕事を年中無休で抱え、強く逞しく生きている。田舎に行くとちっぽけな自分の存在に、ドキッとせずにはいられない。

 
それでも活気のある昼時の商店街と、ハイヒールを履いて出かけたくなるレストランが好きな私は、街に住み続けると思う。だから、人混みを歩き回り日々を忙しなく働く人と、ほんの少し豊かな話題を共有したいと思う。私たちが食べているものの中でも、少し高価で、とても手をかけて作られている食材。その生産者さんや田畑の匂いを感じると、食べることや調理することの幸せをより一層噛み締めたくなる。